高島に受け継がれる“発酵の知恵”
―鯖のなれずしを守る人びと
今津町の椋川地域で鯖のなれずしを作り、伝統の味を守り続けている井上政子さん、福田美智子さん、そして、その製法を二人から学び、受け継いでいる是永宙さんのもとを訪ね、その技と想いを取材しました。

家庭の知恵から生まれた発酵のごちそう
鯖のなれずしは、塩漬けにした鯖のお腹に塩を混ぜたご飯を詰め、樽に入れて約一年かけて熟成させる発酵食です。余計な調味料は一切使わず、材料は「鯖・米・塩」のみ。まさに生活の知恵から生まれた伝統の味です。

仕込みの時期は毎年6月頃。梅雨の湿気や夏の気温によって発酵の進み具合が変わるため、最初の1か月ほどは毎日のように様子を見に行くといいます。
「毎日様子を見て、匂いや具合を確かめるんです。塩の上がり方を見て、今年はこうなるかと想像しながら」手間はかかるけれど、続けてこられたのは「楽しみにしてくれる人がいるから」と3人は微笑みます。

変わる道具、変わらない味
なれずしは昔、木の樽で仕込むのが一般的で、塩水が上がりやすく独特の香りも出ますが、現在はビニールなどの登場で扱いやすくなったといいます。それでも、塩加減、重しの置き方、保存蔵の温度管理といった核となる工程は昔からほとんど変わっていません。
これらは分量やマニュアルではなく、長年の経験に基づいた「身体知」。「この重さでこの状態なら大丈夫」など、すべて体に染み込んだ感覚で判断しているそうです。
その中でも一番大事なのは、重しだと福田さんはいいます。1つ15㎏程の重しを3つ使うことで、鯖の身を強力に圧迫し、身を引き締めているようです。
同じ材料で作っても、保存場所や道具、その年によって味が変わる——それも、なれずしづくりのおもしろさだと教えてくれました。

日常に寄り添う“ふだんのごちそう”
鯖のなれずしは、お正月や祝い事だけに出す特別食……ではありません。
「普段のお昼のおかずに三切れほど」「お客さんが来たらちょっと切って出す」
そんな身近な存在として、地域の人にとってなれずしは、“ハレ”の日だけでなく、日々の食卓を彩ってきました。
実際にいただいてみると、発酵によるチーズのようなまろやかな香りが広がり、想像以上に食べやすく「もっと食べたい」と声があがるほど好評でした。
最近では、鯖の中に詰める発酵したお米(通称“飯(いい)”)をドレッシングやディップにアレンジするなど、新しい食べ方も生まれています。伝統を守るだけでなく、新しい楽しみ方を模索する姿勢もまた、この地域の魅力です。
受け継がれる味を未来へ
木樽職人の減少、担い手の高齢化、人口減少……
鯖のなれずしを取り巻く環境は決して楽ではありません。
現在、この味を作っている家庭は少なくなっています。
それでも、地域のお祭りやイベントで提供したり、興味を持つ人に教えたりしながら、少しずつ次世代への継承を続けています。
井上さん、福田さんから受け継いでいる是永さんは、「このままだったら絶えてしまうと思い、知り合いと一緒に教えてもらうことにしました。まだ3回目です」と語り、伝承への強い気持ちが感じられました。

「“今年も頼むよ”と言ってくれる人がいるから作ろうと思うんです。喜んでもらえるのが嬉しいから」と井上さん。
なれずしづくりは、ただ伝統食を作るという行為を超え、人と人をつなぐ文化そのものになっていると感じました。

畑とともに生きる――高島の暮らしの強さと優しさ
井上さんたちは、季節ごとに畑で大根や白菜、ねぎ、かぶなどを育てています。
雪が多く降る冬には除雪が必要ですが、その自然とともに生きる姿は、高島の生活文化の豊かさを象徴しています。
四季の移ろいを感じながら、畑仕事と発酵食づくりを続ける日々——
その暮らしぶりそのものが、高島の文化であり、人の営みの美しさでした。

今回の取材を通して、私たちは「鯖のなれずし」をただの郷土料理としてではなく、地域の人々の暮らしの歴史そのものとして感じるようになりました。井上さん、福田さん、是永さんの三名は、淡々とした口調で「大変やけど、続けんとね」と話してくれましたが、その言葉の裏には、この地域で生きてきた誇りや地域の味を未来へつなぐ責任、食べる人の喜びを大切にする優しさがありました。発酵食文化は、時間と人の手間が織りなす“生きた文化”なのだと強く実感し、これからも地域の誇りとして、新しい世代によって受け継がれていくことを願っています。