暮らしに根づく奈良漬づくり
― 多胡さんが守り続ける発酵文化
高島市新旭町で長年農業に携わってきた多胡みち子さんは、日々の暮らしの中に発酵食品づくりを自然に取り入れながら、地域の食文化を静かに支え続けてきました。西陣で帯の製造に関わったのち、ご両親の営む農業を継ぎ、地域の生産者として長年活躍されてきました。そんな多胡さんが守り続けているのが、味噌や沢庵、梅干し、そしてきゅうりの奈良漬といった、昔ながらの発酵食の数々。とりわけ今回ご紹介する奈良漬は、素材の味を引き出すやさしい味わいと、長期熟成による深みが特徴です。発酵の知恵が、家庭の中でどのように生き続けているのか、その丁寧な手仕事の様子を取材しました。

暮らしに根づく発酵食文化
多胡さんの暮らしには、こうした発酵食品づくりが日常の一部として息づいています。お母様から受け継いだ伝統的な製法をベースにしながらも、家族の健康や生活スタイルに合わせて工夫を重ねてこられました。たとえば味噌は黒豆と白豆の2種類を寒い時期に仕込み、秋以降に味わうのが多胡家の定番。黒豆を使うことで色づきが早く、コク深い味わいになるのだそうです。

手づくりの「きゅうりの奈良漬」
多胡さんが手がける「きゅうりの奈良漬」はシンプルな材料と工程で作られる、まさに手仕事の逸品です。材料はきゅうり・塩・ザラメ・砂糖・奈良漬用の酒粕のみという、昔ながらのシンプルな製法です。

〈奈良漬の作り方〉
①きゅうりを塩漬けにして下準備
②酒粕(4kg)に砂糖(3kg)とザラメ(1kg)を加えてよく混ぜる
③塩漬けしたきゅうりを洗い、塩を軽く落とす
④容器に「酒粕 → きゅうり」の順で重ねる
⑤涼しい場所に保存し、漬け替えを重ねることで味に深みが増す 今回試食させていただいた奈良漬は、「一度漬け」のまま3年間熟成させたもの。市販のものよりもやさしくまろやかな味わいで、口の中に酒粕の香りと深い旨みが広がる逸品でした。

自家栽培の野菜で育む、安心の発酵食
奈良漬に使うきゅうりをはじめ、材料となる野菜はすべて多胡さんの自家栽培。今年はナスや万願寺唐辛子など、多彩な野菜を育てられたそうです。
「できるものは自分で育てる」そう語る多胡さんが耕すのは、代々受け継いできた大切な畑。収穫した野菜は、かばた(川端)で丁寧に洗い、美味しい保存食へと生まれ変わります。その循環型の暮らしには、高島ならではの自給の知恵が息づいています。 物価高騰が続くなかでも、自然の恵みと向き合いながら暮らす姿は、多くの示唆を与えてくれます。さらに、ご近所との野菜のやり取りや情報交換を通じて、地域のつながりや温かな交流も生まれてきました。

取材を通じて、発酵食とは「時間とともに変化し、味わいが深まる」文化であることを、改めて実感しました。季節の移ろいや家族の健康に寄り添いながら、日々の暮らしの中で発酵の知恵を生かす多胡さんの姿は、高島に根ざした文化そのものです。一方で、味噌や麹を扱う店の減少や、生活スタイルの変化によって、こうした食文化が少しずつ姿を消しつつあるのも事実です。だからこそ、日々の暮らしの中で静かに守られてきた発酵の知恵を、どのように次の世代へと受け継いでいくか――それは、これからの地域社会にとって、大きな課題であると同時に、希望でもあると感じました。